じっくり考えるのは、悪いことなのか?

まずは、少し長いですが、以下の文章をお読みください。

「じっくり考える」は行為として成立しない

 ビジネスの世界で考えるのは、対案や解決策を探したり、何かの意志決定をするときです。さすがに1分や2分で妙案は浮かばないかもしれませんが、だからと言って何時間も何日間も考えたとしても解決策が出てくるとは限りません。

そもそも「考える」という行為を長時間継続させることはできるのでしょうか。「考える」とは、脳の長期記憶に格納されているデータにアクセスし、しかるべきデータを抽出して処理する行為だと私は考えます。だとすれば本来、それほど時間がかかる行為ではないはずです。

外から見ると「考える」と似ていますが、根本的に異なる行為に「悩む」があります。「悩む」とは、脳の長期記憶にアクセスできず、容量の少ない短期記憶にだけアクセスを繰り返すことだと私はみなします。しかるべきデータにアクセスできていないので、結論を出せず、堂々巡りになります。

つまり長時間「考える」ことはできませんが、「悩む」ことなら延々と続けられるわけです。「じっくり考える」は言葉として成立しますが、実際の行為としては成立しません。「じっくり悩む」という言い方はしませんが、実際の行為としてはよくあるのです。

「じっくり考える」のは良いことか(横山信弘)より)

いかがでしょうか?

要するに、だらだら”考え”ないで、さっさと行動に移せ。ビジネスパーソンは、”行動・命”!

ということでしょうか。

確かに、仕事の大半は、最初の勢いで7割方はできてしまうので、

それ以上”考え”ても、大して精度は上がらない。ならば、その”考える”行為は無駄なので、

”行動”に移すべきだ。ということでしょうか。

”爆速行動主義”などと、ビジネスの場ではとかく”考える”ということが煙たがれますが、

”悩む”のであれば、”相談”しろ。ということなのでしょう。

考えるということは、本来とても神聖なものだと思うのですが。

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