私立保育園 「子供の声うるさい」開園断念の本質

珍しく、一般紙の記事から。

 

これは難しい。いや、難しいと私は考えています。

理屈としては、保育園の必要性はよくわかります。

待機児童の問題もさることながら、地域の次の世代を育むため、保育園は必要です。論を待ちません。

しかしながら、「子供の声が騒音になる」というのは、単に地域エゴとは言い切れないでしょう。

電車の中で、小さいお子さんが泣いているのを見ると、

頭では、「親御さんは大変だろうなぁ。ああやって、あちこちで頭下げないといけないのだから」

と理性的に考えられるのですが、「うっせぇなぁ!電車の中で」と思ってしまう自分がいます。

保育園が先にあって、後から住民が住み始めたのなら、〈騒音〉は甘受しなければなりませんが、

既に人が住んでいるところに新しいものが入るとなると、住民に受け入れてもらう必要があります。

なんの話にしたいかと言いますと、”公共性”の問題なのです。

日本国憲法には、公共の福祉について言及している条文がありますね。

公益(Public Interest)ではなく、公共の福祉(Public Welfare)と少しぼやかした言い方をしているのが、

なんとも日本的な気もしますが、それはともかく、それと法学的議論はさておいて、

保育園の開園は公共の福祉の範疇に入る気が私はしますが、

よく出てくるのが、”受忍限度内”かどうかという議論です。

つまり、保育園の〈騒音〉は、日常生活において我慢できる範囲内なのかどうかということです。

この問題の典型は、公共交通機関の騒音です。住宅開発と交通機関の発達とどちらが先か、

という議論にもなるのですが(典型は、小田急線下北沢駅の立体交差事業。ご参照→拙稿)、

この場合、周辺住民の方々の理解がないと、全く進みません。下北沢駅のように、

作る/作らない、のどちらの案を選ぶのかで、何十年も議論するわけにいきません。

とても無理そうだ、と考えるなら、保育園の選定地を変えるなど、”引き際”を考える必要があります。

今回の当局の判断は、それに因ったものだと考えます。

 

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