障害者差別解消法施行(続論)

昨日の投稿の続論。

合理的配慮について、現実に立脚した議論をします。

障害者権利条約では、”合理的配慮”について、以下のように定義されています。

障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。(下線引用者)

これで、あたかも障害がなくなるかのような意識を持っているならば、それは幻想と言わざるを得ません。

障がいがある/ない、なんて、関係ない!

みんな同じなんだよ!

うちには、“障害者”なんていないよ!

などという言説は、唾棄したくなります。甘い!吐き気がするくらい甘い!!

「障害は個性だ」なんて、当事者が言うならともかく、能天気も甚だしいです。

当事者の方は、壮絶なる苦労を積み重ねた結果、今を生きているからです。

 

身体障害なら、健常者と比べて不足している身体機能を補うということになります。

近い将来、人工物で補われる機能が、健常者のそれを上回るでしょうが、

その時、”障害者支援”とは何か、議論する必要が出てくるでしょう。

精神障害についても、実は同じ構造があります。例えば、以下の配慮は本当に”合理的”でしょうか。

  • 通勤ラッシュを避けられるよう、出退勤時間を決めている。
  • 集団面接を免除した。
  • 本人の障害特性を考慮し、苦手なことに配慮した上で、業務を担当してもらっている

今のところ、これが社会システムの側が対応できる精一杯なのでしょう。

障害の有無に関わらず、その人が最も能力が発揮できるような環境を整えられば、

即ち、100人従業員がいれば、100通りの人事制度があれば障害の有無という線引きは不要になるのですが、

その道のりはなかなか険しいですね。

 

【参考資料】

合理的配慮指針事例集 (厚生労働省障害者雇用対策課)

通常よく行われる精神障害者にかかる合理的配慮

精神障害者にとっての「合理的配慮」として

ハートネットTV

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