なぜ”エリートコース”から逃げられなかったのか?ー電通過労自殺事件の深層・前編

みなさん、こんにちは。マインドデザイナーの山口修司です。

今日発売の週刊新潮で、見逃せない記事がありました。
電通社長も辞任! 残業を絶対悪にした「過労自殺」後始末の違和感

”電通関係者”は、記事中で言います。

うちの会社では25年ほど前にも若手社員の過労自殺が起こっており、まつりさんは2件目です。しかしバブルの頃は、100時間、200時間の残業は当たり前だったし、部署によっては300時間を超える人もいた。単純に長時間の過重労働だけが原因なら、もっと自殺者が出ていてもおかしくないと思うから、今回の報道には違和感を覚えます。何か彼女に特段の事情でもあったのではないか

これが関係者の本音なのかと思うと、遣る方無いですが、まさしく、単に残業規制をしても、何の解決にもならないことの証左でもあります。キャリアコンサルタントとして申し上げれば、その人のキャリアを取り巻く環境は、その人固有のものなので、「昔はもっと働いていたが、死人なんか出なかった」という議論はナンセンスなのです。

週刊新潮の記事は、「この疑問を解きほぐすキーワードが「母親との濃密な関係」と「彼氏の存在」である」として議論を進めていますが、私はそこには深入りしません。別のことに注目します。それは、「エリートコースからの逃亡」と「トップガバナンス」です。今日は、前者について取り上げます。後者は、明日取り上げます。

 

結論から言うと、”逃げちゃえばよかった”のです。ブラックバイトを辞める時のように。
会社から電話がかかってきても出ない。
数日はかかってきますが、そのうち電話も来なくなります。
(万が一、自宅に社員が押しかけて来たら、警察を呼べば良いのです)
契約上は解雇になってしまいますが、死ぬよりましです。

しかしながら、それができていれば、こんな悲劇にはなりません。
私が想像するに、まつりさんは、”逃げ方”を知らなかったのだと思います。
私立の中高一貫校でトップ卒業、現役で東大に進学し、卒業後は人気業界最大手の電通に入社。在学中には留学も経験…。日本型トップエリート以外の何者でもありません。

 

ここで無意味かもしれない仮定をします。

もし、まつりさんが、東大ではなく、一橋だったら。
もし、電通ではなく、博報堂だったら。
彼女の判断は違っていたかも知れません。
トップエリート街道を驀進していた彼女にとって、”逃げる”という選択肢は、意識にもなかったのだと思います。
今の社会においては、”逃げる=負ける”ということであり、それはトップエリートにとって死ぬほど耐えられないことであることは想像に難くありません。”逃げる”ということは、意識にも上らなかったのではと推測します。電通関係者以外の誰かを責めているのではありません。これを悲劇と言わずして、何と言いましょう哉。

 

後編に続きます。

 

【参照資料】
週刊新潮 2017年1月12日号
電通新入社員自殺事件の本質は、”過労死”ではない。(山口修司)
死んだところで会社も上司も責任をとらない:nikkei BPnet 〈日経BPネット〉
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