”爆笑問題カーボーイ”での相模原事件論〜コミュニケーションの能力について〜

みなさん、こんにちは。精神保健福祉士の山口修司です。

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爆笑問題カーボーイ”とは、TBS系列で全国放送されている深夜ラジオ番組で、伊集院光御大の”深夜の馬鹿力”と並び、20年以上に亘って放送されている人気超長寿番組です。(えっと、これ以上書くと、何時間あっても足りないので、ご関心のある方は、ウィキペディア記事をご覧くださいね)

私は、痴豚様伊集院光氏の狂信的信者で、爆笑問題カーボーイのリスナーではないのですが、昨晩の放送で相模原事件について触れられていたようなので、今日はそれを取り上げます。以下、書き起こし記事から引用(下線引用者)。

 

犯人の彼が…バカ野郎ですよ。それが言ってることがあって。要は、「意思の疎通ができない人間が、生きてても意味がない」って言ってるんです。

それで、僕は「意思の疎通ができないのはどっちだ?」って思ってるわけ。施設にいる人たちは、たしかに普通の言葉を喋れないかもしれない。色んな表現ができないかもしれない。

彼のことを分かろうとする人、誰もいなかったじゃないですか。あんだけ体中に入れ墨いれて表現しましたよね。ツイッターとかやって。でも、彼の言葉に耳を傾けようとする人は、1人もいなかった。1人2人いたかもしれないけど、諦めた。「コイツ、何言ってんのか」って思われて。

それよりも、彼が殺害した人たちの方が、よっぽどコミュニケーションしてるんです、人と。そこが僕はね、一番大事なことだと思う。

 

犯人にコミュニケーションの能力がなかったということなのか、それとも犯人を取り巻く社会の側に受容性がなかったということなのか、太田氏はどちらを言いたいのか、トークの中ではロジックが倒錯していますが、コミュニケーションというのはどれだけ饒舌でも発信するだけでは不毛で、どれだけの人達に受け止められるのかが大事ということが言いたかったのかな(私はそう思いました)。

「障害者差別は許されない」ということは容易く、とりあえずそう言っておかなければならない、というのは理解できるのですが(私も、以前、そのような記事をご紹介しましたし)、本当になぜなのかということを考えると、きちんと説明できる人はそれほどマジョリティではないというのが、私の社会観です。

以前、「なぜ、人を殺してはいけないのか」ということが社会問題になって、文藝春秋が特集を組みましたが、今回も、「なぜ、障害者を差別してはいけないのか」ということをきちんと考えないといけないと思います。「コミュ障氏ね」という考えは、基本的人権への挑戦ですから。

【追記】
9月26日発売の「現代思想」が緊急特集を組んでいます。大型書店でないと取り扱っていない雑誌なので、社会への影響力は限定的だと思われますが。

 

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